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いっくんの生い立ち
いっくんの生い立ち
いっくんは2001年10月3日生まれ。
予定日を10日過ぎて陣痛誘発で生まれてきました。
身長51.5cm、体重3352gの、大きくて元気な男の子。
この時点ではまだ、広汎性発達障害だの多動だのなんて思いもしませんでした。
赤ちゃん時代
赤ちゃんの大体の成長と言えば3ヶ月あたりで首が据わって、5ヶ月あたりで寝返りして、
7ヶ月あたりでお座りして9ヶ月あたりからはいはい・・・・・・でしょうか。
個人差がありますのでこの通りじゃなくても問題はありませんよ、とか乳児検診のときに言われます。
「問題はありませんよ」の部分を思いっきり素直に受け止めていたわたし。
いっくんの成長は、寝返りとお座りとはいはいが全部まとめて生後10ヶ月のときでした(笑)
寝返りしたと思ったらそのまま自分で座って、更にその状態からずりばいを始めたんです。
昨日まで大人しかった赤ちゃんがいきなり動く動く。
今思えば、多動児いっくん誕生の瞬間でした。
2歳頃
匍匐前進のようなずりばいで家中を駆けずり回り、1歳4ヶ月で歩けるようになってからは足で駆けずり回りしながらいっくんは2歳を過ぎました。
その頃丁度次男のひろりんが多動と教室からの脱走で発達相談(白百合女子大学発達臨床センター)を受けていました。
月に1回通うその相談室には、当時1日中家にいた赤ちゃんのいっくんも一緒に行っていました。
ひろりんが発達検査で「ADHD」と診断された頃、相談室の先生はいっくんの様子も気にしていました。
多動が大きいことも気にしていましたが、2歳半の割に発語が少ないこと、車のおもちゃを横1列に並べて横から見て遊んでいることなどが気になったようです。
そこで、ひろりんと一緒に相談室で成長の様子を一緒に診てもらえることに。
「まだ小さいのでADHDとも自閉症とも言えないけど何かあるかもしれないよ」と言われました。
が、その相談室は病院では無かったので薬が出せません。
ひろりんがリタリンを処方して飲んでみようということになり、相談室から紹介状を書いてもらってひろりんは病院に通うことになりました。
「ついでに」診てもらってたいっくんも相談室とはお別れに。
でもこれで、いっくんにも何かあるんだなということが分かりました。
言ってもらわなきゃわたし、「2歳半で1語文も発達の個人差だよね」なんて思ってる楽天家でしたから。
最初の診断
ひろりんが病院に移ってからも、先生に頼んで「ついでに」いっくんも診てもらっていました。
ついでなのでカルテは無し。
最初の診断はひろりんと同じADHDでした。
でもこの頃わたしはちょっと自閉症の勉強もしていて、何となくいっくんはADHDとは違うと思っていました。どこが、と言われるとよく分からないのですが、車を横に並べて横から見て遊ぶとか、回るものが好きで床屋の回転する看板をじっとみてるとかが自閉症の特徴だと本で読んでいたので、いっくんは自閉症なのではないかと思い始めていたのです。
その頃丁度病院の先生に、いっくんは療育に入れたらいいと勧められました。
3歳児検診でも療育を勧められたのですが、その頃は何となくまだいっくんは発達がちょっと遅れてるだけと信じたい気持ちもあって、わたし自身が療育に行くことをためらっていました。
しかし、ADHDじゃない気がするというもやもやと、やっぱりいっくんに合った環境で遊ばせてあげたいという思いから1年ほど経ってやっと療育に通うことを決意。
いっくんはもうすぐ4歳になるところでした。
転院
2005年9月、いっくんを連れて市の療育へ相談に行きました。
そこでまず発達検査(K式)を行って、いっくんは生活年齢(実年齢)4歳なのに対して発達年齢が2歳程度であることが分かりました。
いっくんは10月から療育に通うことになりました。
始めは親子一緒に週に1〜2回通園する「親子通園部門」に通います。
最初は嫌で嫌で大泣きしながら脱走を試みていたいっくんですが、次第に慣れてくると一緒に遊ぶことが出来るようになっていきました。
歌を覚えたりお友達とふれあったりして一気に成長していったように思います。
2006年4月からは子供だけで通園バスに乗って通う「認可通園部門」に通っていますが、そちらの話はまたページを分けて書くことにして、いっくんの病院の話に戻します。
療育には主治医の小児精神科医がいます。
ひろりんと同じ病院ではカルテを作ってないし、どうせ新しくカルテを作るならADHDの診断がイマイチ信用できないその病院より療育の主治医の先生のほうが連絡も取りやすくていいと考え、いっくんだけ転院をすることにしました。
ひろりんは今までの先生が合ってるように見えたのでそのまま今も同じ先生に診てもらっています。
主治医の先生の病院は初診の予約に6ヶ月かかりましたが、その結果は「広汎性発達障害」の診断でした。「ADHDじゃないね。」の言葉でわたしは「あーやっぱり!」と思いました。
長く思っていたもやもやがすっきりして、こんなことならもっと早く転院すればよかったなぁと思いました。
こうしておむつのパッケージにも使えそうなくらい可愛い赤ちゃんだったいっくんは(←親ばか)
何となく頼りないけどやっぱり可愛い少年になってきました。(←やっぱり親ばか)
